11月のクレープストーリー(毎水曜更新)
11月のクレープストーリー
【翡翠の伝説】
このお話はフィクションです。
山肌が黄緑色に色を変える。
夏の陽射しの中であれだけ緑濃かった森も一刷毛ずつその色味を薄め麓に向かって緑の絨毯を敷き詰めている。
その先の地平線はオレンジの水彩絵の具を淡く滲ませた空と森の緑を溶け合わせて暮れてゆく。
高台の山荘。
秋が深まる季節に私はここを訪れる。
ここから見る夕陽が好きだ。
視界を遮るものはなくどこまでも続く森と地平に沈む夕陽。
運がいいと夕陽が沈む一瞬、太陽が緑色に輝く「グリーンフラッシュ」を見ることができる。
しかし、気象条件が整わないと見ることが出来ない現象で、私もかろうじてーあれがそうかしら?ーと思えるものに出会ったのはこれまで一度きりだった。
先程まで淡かった色彩が急速に原色に近づいてゆく。
山裾には真っ赤に染まった夕陽がその姿を地平に沈めて行くところだった。
ー今日は見られるかもしれないー
淡い期待に夕焼け空をじっと見つめる。
太陽を見ていると地球の自転が見えるようにその姿を沈ませてゆく。
太陽が残り1/4ほどになった時太陽が薄く白み出した。
そして消え入る瞬間に緑の大きな光を放つ。
それは大きなエメラルドを思わせた。
グリーンフラッシュの輝きは一瞬だ。
感動と共に儚さをしっかり心に焼き付けようと凝視する。
しかし一向に緑の発光は消えない。
空色はすっかりオレンジから水色に移り変わっているのに緑色の光はそのまま地平線上に止まっている。
不思議に思って見つめていると緑の発光体はどんどんこちらへ近づいてきている!
思考が追いつかずじっと見つめていると緑の光は徐々に高度を下げ麓の森の中に吸い込まれるように落ちていった。
反射的に私は光の落ちた方へ走り出していた。
もう、薄暗くなりだした山のつづれ織りの道を息を切らせ駆け下りる。
山の麓の平らになった場所で一度立ち止まる。
森がそこだけ拓かれ月あかりが野原を照らす。
森の中に小さな緑の光が見えた。
ーーあそこだわ
光はさほど大きくもなく森の中でほのかに光っている。
恐る恐る森の中に分け入って行く。
木々を揺らし葉音をたてる風はキンッと冷たい。
手も冷え切っている。
その冷たさも感じないくらい神経は緑の光に向いていた。
緑の発光体はそこから50mくらい先にあった。
煌々と光を放っているがなぜか怖いとか危険だと言う考えは浮かばなかった。
私は緑の光に近づいた。
するとその発光体が仄かに形を作っていることに気がつく。
目を凝らしてよく見てみる。
すると緑の光の中に人間らしい形が見てとれた。
まさかと思って近づいてみる。
人間だった。
隕石か何かが緑色に光っていると思っていた。
しかしそれは紛れもなく人間の形をしている。
人が緑色に発光していた。
驚いて私が身動きできないでいるとその発光体は徐々に光を弱めた。
すると、見た目は私たちと変わらないような一人の少年が姿を表した。
翡翠のように美しく輝く髪。
金色の瞳。
真っ白く抜けるような肌。
古代なのか未来なのか、よくわからない服装を纏っている。
そんな出立ちの緑色した少年が私をじっと見つめている。
彼は驚いて動けなくなっている私に話しかけてきた。
話し声は直接頭の中に響いてくる。
ーー会いたい…もう一度会いたいよお…ーー
彼は私をじっと見つめたまま声を送ってくる。
ーー誰に?誰に会いたいの?ーー
私も心の中で問いかける。
すると彼はとても切なそうな目をして私をじっと見つめたまま夜の闇の中に静かに消えていった。
次の日、私は朝食を摂るために近くのロッジへと向かった。
昨夜の切なさでいっぱいになった少年の瞳をただ思い浮かべていた。
食事を終えコーヒーコーナーで熱いコーヒーを飲んでいると、本棚に置いてあったこの地方の民間伝承を集めた冊子が目にはいた。
目次のタイトルの目を奪われる。
ー翡翠の伝説ー
ページをめくり読んでみる。
はるか昔、この地方に住んでいた少年と少女。
二人は愛し合い、1日の終わりには必ず二人揃って地平線に沈む夕日を見ていた。
ある年、村に日照りが続きひどい飢饉に見舞われた。
すると太陽を鎮めるため、生贄を捧げることになった。
誰が生贄にふさわしいか?
その時、村人たちが選んだのがいつも夕日を眺めている二人だった。
太陽を愛し、太陽に愛された二人。
その二人を捧げれば太陽も鎮まり村に再び雨が降るだろう。
村人たちは二人を地平が見渡せる場所に連れてゆき、支柱に縛りつけた。
そして死が2人に訪れるまでずっとそのままにされることとなった。
三日経った日の夕刻。
太陽が一際大きく美しく光り、空一面が緑色に染まるほどのグリーンフラッシュが現れた。
そしてその光の中で2人は緑の光に包まれたまま小さな翡翠になりそれぞれ違う方向へ飛んでいった。
すると村の上空に黒い雲が立ち込め稲妻が光った。
すると空から大粒の雨が降り出した。
村人たちは太陽神の怒りが収まったと歓喜した。
ところが今度は逆に雨が降り止まない。
雨は三日三晩降り続け、とうとう村を流れる川を氾濫させ村を飲み込んでしまった。
彼女はどうしても昨日見た翡翠のような少年と緑の光の伝説が重なって思えてならなかった。
ーーまたグリーンフラッシュが現れたら少年と会うことができるだろうか?ーー
私は、もう一度グリーンフラッシュを見るためにもうしばらくこの山荘に残ることにした。
グリーンフラッシュは意外に早く現れた。
次の日の夕暮れ。
西の尾根がオレンジに染まり、陽が落ちてゆくほど赤みを帯びる。
沈むほんの一瞬、太陽が緑色に染まり、光線が森の中の一点を照らした。
急いでその場所へ駆けつける。
男の子はいた。
彼に話しかける。
ーーどうしてあなたはここに現れるの?
ーー何かしてほしいことがあるの?
すると彼は悲しい目をして
ーー会いたいよ…会いたいよ…
と私の頭の中に繰り返し訴える。
ーー誰に会いたいの?
そう問いかけるが答えがない。
すると次第に陽が沈んでゆき、日没とともに彼の姿もかき消すように夕闇に消えて行った。
山荘に戻り考えてみる。
ーー彼は誰に会いたいんだろう?
その時、翡翠伝説を思い出した。
離れ離れになった二つの光…。
彼はきっと少女のことを探しているのだ。
でも少女はどこにいるのだろう?
この伝説がもう少し詳しく書かれているものはないだろうか?
もしくは伝説を詳しく知っている人はいないだろうか?
その辺りを探してみよう。
二人が再び出会えたら何が起こるのだろうか?
そして少年はなぜ私の前に現れたのだろう?
知りたくて仕方がなかった。
翡翠の伝説について聞くため私は伝説が掲載されていた冊子が置いてあったロッジの管理人さんから、伝説について知っている人はいないか聞いてみることにした。
管理人さんによると、その掲載文を書いた人が山向こうの一軒家に住んでいるということだった。
場所を教えてもらい車で向かう。
ログハウス風で屋根からレンガの煙突が伸びているからすぐわかるはずと管理人さんは言っていた。
一軒家は山を越え峠を下った先の谷間にポツンと建っていた。
中はシンとした様子だ。
ポーチに立って玄関をノックした。
留守かしら?と思い引き返そうとした時背後から声がした。
「何か用かい?」
一人の老婆が立っていた。
私が、あなたが書いた翡翠の伝説について聞きたい旨を簡潔に告げると部屋の中に入れてくれた。
「伝説の何が聞きたいんだい?」
私はここ数日起きたことをお婆さんに話した。
「そうかい…あんたあの子を見たのかい。そして話をしたんだね?」
「話したというか…男の子が一方的に話してくるだけで私の問いには答えてくれないんです。
「いいや、あんたは話してる。その時のことをよく思い出してごらん」
頭の中でその時のことを思い浮かべる。
するとぼんやり脳裏に映像が再生され始める。
「会いたいよう」
男の子がしきりに呼びかける。
「誰に会いたいの?」
そう私が問いかける。
すると男の子が消える寸前、唇がかすかに動いた気がした。
ーー何か言ってる!でもなんて言っているんだろう?
意識を集中してもう一度思い返す。
すると突然、ビデオテープが巻き戻るように映像が逆回転をして、先の「会いたいよう」の場面に戻り再生が始まった。
今度は驚くほど鮮明な映像だった。
「誰に会いたいの?」
すると今度ははっきりと「あの子に会いたいよ」と聞こえた。
私の記憶はそこまでだったが映像はまだ先へ続いている。
男の子は消えずにそのまま私の背後を指差している。
「どこにいるの?その子はどこにいるの?」
そう聞くと男の子が指差した先がまるでズームインするように脳裏に拡大された。
そこはーー私の居る山荘だった。
映像はそこでブツっと切れた。
私はしばらく放心状態でその場にへたり込んでいた。
「今のは何だったんでしょう?」
独り言のように呟く。
「見えたんだろう?そりゃ残留思念ってやつさ。本来は念が残った場所に行くと見えるものだけれど、あんたの場合は元々見えていたはずの映像がこの土地の力と作用してハッキリとした形で見えたんだろう」
「あの子に会いたいって言っていました。そしてその場所は私の居る山荘だと…」
「男の子があんたに訴えかけている理由がわかったね。山荘に帰ってよく探してみることだ」
「見つけたら何が起きるんでしょうか…」
「そりゃその時にならないとわからないよ。でもあんたは選ばれた。あんたも知りたいからこうして私に会いにきたんだろう?」
そう言って老婆は意味ありげな笑みを浮かべた。
お婆さんの家からの帰り道、お婆さんの言葉がずっと胸に引っかかっていた。
「あんたは選ばれた」
ーー私は彼に選ばれた。
なぜ?
それに彼の指差す場所がズームされたら私のいる山荘が脳裏に浮かんだ。
それは何を意味するのだろう?
翡翠伝説の女の子が私の山荘にいると言うのか?
そんなバカな!
でも、ここまで来てそれはありえないとは言えない。
翡翠伝説の謎を解くために訪れたおばあさんの家でそのビジョンをまざまざと見せつけられたのだ。
それはやはりあの山荘が翡翠伝説に何かしら関わっているということだ。
ではなぜあの山荘なのか?
あそこに何があると言うのだろう。
取り止めのない思考の渦に巻き込まれているうちに山荘の少し手前まで戻ってきていた。
薄暗い山荘に入り、電気もつけずリビングのソファーに座る。
窓からは西の空に沈む夕陽が見える。
真っ赤に熟れて木から落ちそうな柿を思わせた。
そんな夕陽が沈む一瞬前に太陽から一筋の光が放たれた。
その矢はまっすぐこの山荘を指し示していた。
光源が目を射抜き眩しさに顔を逸らした。
その時、光の先が壁の一点を指しているのが見えた。
ほんの数秒に出来事だった。
私は慌てて光の差し示した壁に印をつけた。
偶然の光のマジックにしてはなんだか出来過ぎな気がした。
ノックするように壁を叩いてみる。
他の部分とは違い間の抜けたようなノック音が響く。
明らかに光が示した点から周辺20cmほどの部分だけ空洞になっている。
私は意を決して光の差し示した壁の点を少しづつ削り壊していった…。
壁は意外に簡単に掘ることができた。
確かに20cm四方が空洞になっており、外から見ると下駄箱の棚のように四角くくり抜かれている。
中には一本の巻物が入っていた。
巻物はかなり年代の古いもので、手に取ると崩れてしまいそうなほど朽ち果てている。
私は、巻物を慎重にリビングの床に置いて静かに結んである紐を解いた。
ゆっくり転がしながら開いてゆく。
古文書なので書いてあることは全く読めない。
どうしたものか…これを解読できる人を探さないとダメだわ。
そう、途方に暮れかけた時、西日の最後の光が巻物を照らした。
その瞬間描かれていた文字がまるで水面を這うお玉杓子のようにウネウネと動き出した。
巻物の水面を縦横無尽に動き回る文字。
しばらくすると文字たちは円を描くように巻物の中央でグルグルと渦を巻き出した。
回転する文字は次第に立体になりついには巻物から浮き出て空中で回転を始めた。
回転が高速域に達した時文字が四方に散れじれにに飛び散り目の前にホログラムのように情景が映し出された。
場面は二人の少年少女がグリーンフラッシュの瞬間に光の球になって飛ばされるところから始まった。
僕たちは祠で永遠になるんだ
そう、確かに約束を交わす声が聞こえた。
二つの緑の球はまっすぐに空を横切ってゆく。
飛んでいく先に大きな山が見えた。
山の中腹には今、私がいる山荘があるあたり、当時は大きな岩とその隣に祠が祀られている。
その祠に向かって光の玉は一直線に飛んでいる。
しかし祠までもう少しというところで太陽が沈んだ。
本当にコンマ何秒の出来事だった。
一つの球は祠に吸い込まれたが、もう一つの球は間に合わず、沈んだ日の光と共に闇の中に消えてしまった。
映像が終わると山荘の中は元の静けさに包まれた。
ーーそういうことだったのか…
祠へ入れなかった男の子が今もまだこの山のどこかで彷徨っている。
合点がいったが代わりに一つの疑問が生まれる。
ーー祠はどこへ行ったのか?
そもそも映像にあった大きな岩はどこにあるのだろう?
山荘の周りには大きな岩などない。
あるとすれば麓近くに大きな殺生石と言われる岩がある。
昔からこの岩に触れると生き物は死んでしまうという言い伝えがあり、今も岩の周りは〆縄で囲われ直接人が触れられないようになっている。
そこで一つの推理が生まれる。
もしかして殺生石は元はこの山荘の場所にあったのではないかしら…。
それが崖崩れや山雪崩など長い歳月の中で崩れ、今、殺生石がある場所に移動したのではないか?
そう考えれば辻褄が合う。
その殺生石の近くには古い祠があった…。
明日、祠へ行ってみよう。
きっと何か手がかりがあるに違いない。
To be continue…
To be continue…






