080-4120-9002
coeurcrepe

2026年10月のクレープストーリー (毎水曜更新)

 暁と共に深まる秋

第一話

午前五時には明るかった空も、10月に入るとともに日の出が遅くなる。

まだ薄明かりの街をそっと抜けだし、いつものランニングコースを辿る。

タイミング良く青になった舗道を渡り橋のスロープを上る。

赤信号で足止めを食っている車より先に登り切ろう。

車も人もいない大橋の上には暁に照らされ、シンと静まった世界が広がる。

同じ景色でもBGMが蝉の声から、風の吹き抜ける音に変わるだけで、ウキウキした気持ちから少し心許ない気持ちに変わるのだなあと思う。

私は寂しさに追いつかれないように一気に橋の袂まで駆け下りる。

そして土手へ下りる道をいつものように左へ折れた。

真夏は正面に見えていた太陽も視界の右へズレている。

夏草がススキに変わり、高い空に鱗雲が広がる。

季節は秋に変わっていた。

 

私が朝焼けに向かって走り出したとき、道の遙か向こうで光が二回瞬いた。

その光は瞬き毎にぐんぐん近づき、あっという間に目の前にそのロードバイクが迫った。

 

ー今日はガチ練かな?

 

私は遠慮がちに右手をパッと軽く挙げる。

相手にわかるかわからないかの軽いゼスチャーで…。

すれ違いざまサイクリストが右手を挙げて応える。

微笑んだ白い歯がちらっと見えた。

 

私とサイクリスト達はこんな感じで夏を越え、秋を迎えた。

今もまだ皆の名前も知らないし、顔も区別できない。

そもそも、ゴーグルに隠れた素顔など見たこともなかった。

ジャージの色だって日によって違うかもしれない。

だから毎朝同じ人なのか判別することもままならなかった。

でも、相変わらず挨拶は爽やかな触れあいだった。

 

その間に色々なことを身につけた。

 

先ほどのように猛スピードで走っているときはきっとガチの練習なので、挨拶も軽く気付く程度にする。

緩く走っているときは気兼ねなく大きく手を振った。

こんな風に相手の邪魔をしないように気をつける。

気持ちの良い関係を続けるには必要な事のように思えた。

 

誰だかもわからないのに。

そもそも挨拶だけしていればそれで良かったのに。

それより、会えなくても全く気にしない間柄だったのに。

言葉も交わさないのに、知らない間に関係って育って行くものなのかしら…。

そんなことを思う。

ただ挨拶をしているだけで気持ちの良い交流。

その距離を維持したくて相手の情報は知ることのないように努めた。

走る時間は大体同じだが、それを厳守するとまではしなかった。

走る目的が、自分の為から挨拶をしたいために変わらないように。

それぞれのチームの名前が読めても検索などしなかった。

普段SNSなど見ない私が、スマホにかじりつくことのないように。

 

自分でもいつも自然であることを意識していた。

 

第二話

 

その日は少し肌寒い朝だった。

ドアを開け外へ出ると外気の涼しさに身を縮める。

半袖と長袖を行き来してるうちに秋は着実に深まっていた。

 

秋の移ろいと共にランナーも少し減って来ると思っていたがそれほど変わりなく、逆に増えていくのではないかと思うほど早朝にしては人がいる。

私は少しホッとする。

冬に向かうにつれ日の出も遅くなり、未だ暗いうちから走り出す日が多くなる。

特に土手など人気がないから危ないのではないかとそんな心配をしていたので、誰かしら居ることは安心だった。

サイクリスト達についても同じ事を考えていた。

冬も練習するのかしら…。

最近見かけないな…。

ちらっとそう思ったがすぐに打ち消した。

練習するのは夏だけ、もしくは暗いうちは危ないから走らないのかもしれない。

そうだとしてもそれは彼らの自由だ。

すれ違う事がなくなったとしてもそれは仕方がないことだった。

 

それにしても不思議なものだ。

なんとなくすれ違っていても、それが続いていくとシンパシーが生まれる。

そしてある時ほんの一滴の接着材が落ち、挨拶交換が始まった。

こんなことも思う。

もし、私がランナーではなくサイクリストだったら?

今のような関係性は生まれなかっただろう。

多分、挨拶からすぐ会話へと発展し、一緒に走っていたかもしれない。

しかし、相手は自転車で高速、私はランニングで低速。

ふれあいは一瞬のきらめき。

それが良かったのだ。

フィールドが違うからこそ知りすぎることもなく、互いの情熱だけが呼応する関係。

 

それが私には心地良かった。

 

対岸へ渡る最後の橋にさしかかる。

橋の2/3が長くてキツい傾斜になっている。

私は気合いを入れ直してスロープへ入る。

脚の筋肉が強く収縮するのを感じる。

橋には誰も居ない。

右手に朝日が昇り川面に金色の帯を描いている。

霞む水平線と並行して飛行機が降りてきた。

 

私は景色を見ながら一歩ずつスロープを登る。

すると背後から「ハア、ハア」と息づかいが聞こえた。

他のランナーだろう。

そう思いながら走り続けていると、その息づかいが私を追い越して行く。

いつものサイクリストのひとりだった。

私は驚いたが”今日はコースを変えたのかしら”と思い直し、そのまま走り続ける。

サイクリストは自転車を左右に大きく揺らしながら自転車を降りることなくスロープを登ってゆく。

私も追いかけるようにスロープを駆ける。

サイクリストが橋の頂上に差しかかるのが見えた。

すると、自転車を止め朝日に輝く河口を見つめ、スマホを取りだし写真を撮りだした。

私の胸がスッと冷えるのを感じた。

彼までの距離は20メートル。

このままの速度で走れば彼に追いついてしまう。

 

私は

 

”そのまま行って、早く”

 

そう思った。

しかしそれは一瞬の事だった。

次の瞬間には”なんといって声を掛けよう”そう考えていた。

あと10メートル。

すると彼はスマホをウエアに仕舞い、私に向かって片手を上げるとそのままスロープを下りていった。

私は少し残念な気持ちと同時に感じたホッとした気持ちに戸惑う。

そしてそれ以上に”そのまま行って”と思った自分にショックを受けた。

”どうして”

それだけが頭の中に繰り返される。

 

 

 

Today's Schedule
2026.10.16 Friday