2026年10月のクレープストーリー (毎水曜更新)
暁と共に深まる秋
第一話
午前五時には明るかった空も、10月に入るとともに日の出が遅くなる。
まだ薄明かりの街をそっと抜けだし、いつものランニングコースを辿る。
タイミング良く青になった舗道を渡り橋のスロープを上る。
赤信号で足止めを食っている車より先に登り切ろう。
車も人もいない大橋の上には暁に照らされ、シンと静まった世界が広がる。
同じ景色でもBGMが蝉の声から、風の吹き抜ける音に変わるだけで、ウキウキした気持ちから少し心許ない気持ちに変わるのだなあと思う。
私は寂しさに追いつかれないように一気に橋の袂まで駆け下りる。
そして土手へ下りる道をいつものように左へ折れた。
真夏は正面に見えていた太陽も視界の右へズレている。
夏草がススキに変わり、高い空に鱗雲が広がる。
季節は秋に変わっていた。
私が朝焼けに向かって走り出したとき、道の遙か向こうで光が二回瞬いた。
その光は瞬き毎にぐんぐん近づき、あっという間に目の前にそのロードバイクが迫った。
ー今日はガチ練かな?
私は遠慮がちに右手をパッと軽く挙げる。
相手にわかるかわからないかの軽いゼスチャーで…。
すれ違いざまサイクリストが右手を挙げて応える。
微笑んだ白い歯がちらっと見えた。
私とサイクリスト達はこんな感じで夏を越え、秋を迎えた。
今もまだ皆の名前も知らないし、顔も区別できない。
そもそも、ゴーグルに隠れた素顔など見たこともなかった。
ジャージの色だって日によって違うかもしれない。
だから毎朝同じ人なのか判別することもままならなかった。
でも、相変わらず挨拶は爽やかな触れあいだった。
その間に色々なことを身につけた。
先ほどのように猛スピードで走っているときはきっとガチの練習なので、挨拶も軽く気付く程度にする。
緩く走っているときは気兼ねなく大きく手を振った。
こんな風に相手の邪魔をしないように気をつける。
気持ちの良い関係を続けるには必要な事のように思えた。
誰だかもわからないのに。
そもそも挨拶だけしていればそれで良かったのに。
それより、会えなくても全く気にしない間柄だったのに。
言葉も交わさないのに、知らない間に関係って育って行くものなのかしら…。
そんなことを思う。
ただ挨拶をしているだけで気持ちの良い交流。
その距離を維持したくて相手の情報は知ることのないように努めた。
走る時間は大体同じだが、それを厳守するとまではしなかった。
走る目的が、自分の為から挨拶をしたいために変わらないように。
それぞれのチームの名前が読めても検索などしなかった。
普段SNSなど見ない私が、スマホにかじりつくことのないように。
自分でもいつも自然であることを意識していた。