2月のクレープストーリー (毎水曜更新)
第1話 惑星になりたい午後
ヒヤッとした感覚にあたりを見回す。
同じブロックなのに数歩違うだけでこんなに体感を変えるほどの冷気。
地球上の気流を考えるとスケールが大きすぎて実感がないが、私たちの生活レベルでも小さな気流の流れなどあるのかしら?
同じ場所に来るといつも感じる冷気。
そこだけに流れる小さな寒気を思う。
私は身を縮こませて足早にそのエリアを抜ける。
影が落ちる高架線沿いの道を少し行くと駅前のロータリーに出た。
ロータリーは遮るものもなく日差しが溢れている。
先ほどの肌寒さを拭い去るように私はロータリーのベンチに腰をかけ、日差しを体いっぱいに浴びた。
私は、冬の陽だまりが好きだ。
束の間の暖かさで包んでくれることはもちろんのことだ。
枯木立の少し寂しげな風情に差し込む日差しの対比。
誰もいない夕方のグラウンド。
夏の歓声が風に乗って、枯れた芝生の上をかすれていくように聞こえた気がする。
照明のポール越しに熟れた果実を落としてゆくオレンジの美しさ。
厳しい中で見る冬の風景も好きだが、厳しさを少し緩めてくれる冬の陽だまりの暖かさも冬ならではだ。
よく「あの人は陽だまりのような人だ」との比喩を時々聞く。
僕にはわからない。
年がら年中陽だまりの人などいるのだろうか?
いるとしたらよっぽど鍛錬を積んで徳を積んだ人か、そういう気持ちでいつも過ごしていたい人なのかもしれない。
人は季節のようだ。
僕が今、思いついた言葉だ。
春のように穏やかなだけではなく、夏のように激しく生きるだけでない。
秋のように愁を感じたり、冬の厳しさに耐え、そして超えていく。
それを繰り返して年輪や節を増やしていくのだろう。
もちろん、陽だまりのような人は人を暖かく包んでくれる暖かさがあり、それはその人の個性だしその人にしか成せないことだろう。
しかし、せっかくなら僕は惑星になりたいなあ…。
そんなことを取り留めもなく考えた真冬の午後3時。
僕は日が翳らないうちに改札を抜け列車に乗った。
第2話 オレンジの河
夜の帳が静かに降りてきて、フロントガラスを流れてゆく。
首都高7号小松川線。
右手にスカイツリーが見えてくる頃、二人の旅もそろそろ終着駅。
仲の良いクラスメートの一人だった。
いつの間にか意識し出していた桜の季節。
思い切って告白した夏の初め。
仲間たちとは別の初めての夏の旅…。
楽しい旅になるはずだった。
でも、二人きりだとなぜかぎこちない…。
高速に乗ってからずっと会話のない車内をオレンジの光が包んだ。
濃紺の空を流れてゆくオレンジの灯りを無意識に数えながらふと思う。
二人だけでは何かが足りない。
期待していたほど、心は騒がなかった。
どこか冷めた気持ちで隣を盗み見る。
すると向こうもコチラを見ていた。
お互いの目に、同じ色を見た。
オレンジの河は二人を乗せてどこまでも流れてゆく…。
マニキュアの瓶を眺めるように、インク瓶を見渡す。
――今日はどれにしようかな…
私にとって万年筆のインクはマニキュアやアロマの小瓶と同じ作用がある。
綺麗な言葉が見つかると嬉しくて身震いしたくなる。
それを書き留めるインクも特別なものだ。
ーー宇宙物には漆黒より少し薄い紺色。
ーー恋愛もの、それも若くて熱の多い作品なら赤みがかったピンク。
ーー逆に熟した濃厚な恋愛ものなら、黄緑がかった抹茶色を選ぶかもしれない。
ーー少し棘のある苦い話ならセルリアンブルー。
そんな風に書いているものの温度感や湿度感で書き入れる色を決める。
色は重要だ。
その作品の世界を彩る色だから。
しかし、発表するまでの話だ。
そこまでは私の色。
そこから先は読者の色で染めてもらう。
それが一番良い。
今回の作品は情熱的に自らに挑戦する話だ。
私はたくさんの小瓶の中から迷わず「オレンジ」を選んだ。
この物語は
2月7日発売「クレープオランジェ」をモチーフにした
ショートストーリーです。
